ガブロ

ちょっとした一言に考えました。「認知症」

今は亡き祖母がその症状になり、祖母は一人暮らしでもあったために最終的には老人ホームに預けることになり、そのままそのホームで生涯を終えました。たまたま祖母の家に遊びに行ったときに、私が祖母の言動の異変に気付き、認知症について本を片っ端から読みまして(当時は本は少なかったんですけれどね)間違いないと確信し父、父の兄へと伝えたのです。しかしながら、母親は、もともとそそっかしいだの、物忘れが激しいだの、そうゆう人だの、そんなわけないだの。当時私が若かったのもあって、上から子どもを諭すように笑いながらおっしゃる。聞いてはくれなかったわけです。

その後色々あり、納得してくれた時には相当な月日が経ちました。祖母を自宅へ連れてきて生活したことで気付く。「お財布がない」だの言ったり、同じ話を1分も経たないうちにまたする。エンドレスなんですよね。気付くと行方不明になるだの。徘徊ですね。父としては、そんな母親の姿は認めたくないので、何度も同じ話をする母親を怒鳴り散らす。イライラの感情を親にぶつける。お医者様に診ていただくまでに時間がかかり、診断が出て初めて病名は理解してくれる。診断が出ても現実を飲み込んでくれるまでは時間がかかったかと思います。病名は理解しても、それによる言動には理解ができず感情的になる親子。家族は近いからこそ見えない物、決めつけと思い込みがあるんだと気付いたものです。思い描くものとは違う許せない姿もあるのかもしれません。

受け入れられない親と子の姿を見るのは、とくに我が息子の名前を忘れていることのショックは父には大きかったと思います。徘徊があると夜は寝ることもできず。家族の中でも負担が大きくかかる人が限られてくる。ねぎらう言葉よりも、無関心も見えてくる。家族だからこそ甘えや依存、また言いすぎることもあり、深く相手を傷つける。介護の大変さ、これから先どうなるのかという大きな不安が襲いかかってくるものでした。一緒に暮らすよりもホームがよいという判断になったわけです。ホームに入れたことは知らないところへ連れていかれた祖母の不安はとても大きく、一気に病気を悪化させることにもなりましたが。

また当時の私の説明、言葉が足りなかったのだと思います。そうではないと認知症の症状の初期段階のとき、早期に対策を!という焦る気持ち。思いを伝えるのに、言葉が足りず、もどかしく、理性を失い、感情的になっていたからです。私が冷静さを失ったことも、周囲に説得できない月日となり進行を悪化させた原因だと思います。

 

ふと、最近、母が言いました。私が「認知症」になっても、あなたがすごく勉強していたから、なっても大丈夫だ!という気持ちがあると。あの・・・。丸投げですか?どうして今、自分で調べようとしないのかなと。私が当時本で読んで学んだことが、正しいのかどうかすらわからないじゃないですか。当時の私にとって都合のよい部分だけを読んでいたかもしれない。だからこそ自分で調べてみることが大事だと思うのです。他人任せではいけないと思うのです。本が高価で買えない時代でもないです。図書館で借りることもできます。本を読むのが苦手なら、そのことについて話を聞くという学ぶ場所もありますよね。「認知症」にもいろんなパターンがあります。どの部分が大きく出てくるのかそれぞれ違いますからね。

 

霊的真理の面から学んだ「認知症」は、肉体と幽体のズレにより起こり、その症状は、ネガティブな感情を絶えず抱えながら、それを口に出さずに生きてきた人は認知症になったときに、暴言を吐いたりする。つまりは本性が現れ、長年のその人のトラウマが出てきやすいといいます。何からずっと逃げ出したかった人は徘徊をしたり。食べることに苦労した人は、食べたことを忘れて何度も食事をしてみたり。誰も知らなかっただろうけれど実はこうだったんだよ!という心の声のような気がします。理解することの大切さを深く感じます。亡くなったあとに、認知症のときに自分の周りの人は何をしてくれたのか、どんなことを言われ、どんな仕打ちをされたのか・・などすべてを見ることになります。わからないだろうから何をしてもわからないと思うと大変な間違いです。

認知症だけとは限らないでしょうが、周囲の人のたましいが試されるとき。ものすごい経験と気付きがあるものです。本人とのお別れがあっても自分を振り返り心の葛藤はありますからね、学びはあとからも気付きでやってきます。経験させていただいたことに感謝するばかりです。

 

あ、話がタイトルと違うよね石。そう石。「ガブロ」コミュニケーション能力を高める。あぁあたしね。たりないね。言葉が足りないのね。だから誤解もされるが、されても開き直る悪い癖。悪い癖はただしたいし、足りない分は身につけたい。がんばりたい。あぁ私のことじゃなくて「ガブロ」意思決定を助ける石。物事を深く考え、周囲に流されず、自分の意思で決めることを教える石。

3点のみですね。

ピンクアラゴナイトでナチュラルなぁネックレス。

夏色に編む編む。

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「akua」とはハワイ語で神・霊的な意識・精霊など深い意味を持ちます。古代ハワイでは、石にも岩にも意識があり、心を通わせる事ができると信じられてきました。石に思いやりと敬意を持つことで、石との交流は深まります。

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